シャケ
シャケ

2022年7月8日

苦しみという“存在”は変化することなく、永遠不滅に人の中に存在するのではないか。 苦しみを止滅した人であろうと、外傷を受ければ、やはり苦しいのではないだろうか。 僕らは“存在”が在ることしか知り得ない。その“存在”がどのように存在するようになったのか、は問えない。その事を仏陀はよくご存知だろう。

ダライ・ラマの「中論」講義第18・24・26章

ダライ・ラマの「中論」講義第18・24・26章

ダライ・ラマ(14世)/マリア・リンチェン

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