日輪

日輪

永田紅
本棚登録:1
砂子屋書房 (2000年12月21日発売)
ISBN:9784790405528

作品紹介・あらすじ

著者の第一歌集。前半には、第八回歌壇賞「風の昼」および受賞第一作「黒馬」を含む、一九九五年からの三三六首を収め、後半には、中学・高校の六年間の歌八十首を収める。

レビュー (1件)

P13 がくがくと夕暮れていくもう君は人の形をやめてください P14 君をなすあまたの骨が透きとおり遠くの街へ行ってしまった P16 夕暮れて淡き輪郭 膜という概念の中に人は生まれき かたえより覗きこまるる心地する眠りの中にもう一人居る P17 暗いだけの淵をめぐりて合歓満ちるあなたは合歓を知らぬだろうが 骨格の内に林を育てきつ 自分を説明する人きらい P18 透明な器具多き部屋 文章を書く人だとは思わなかった マカロニの膨らむ時間湯を越えて棒の木林遠く戦げり P19 浪人の誕生日には眠りつつ杉山隆は自殺と思いき P21 あとは馬鹿に収束するだけだよと君に祝われて不意に浪人終わる P22 感覚は枯れてゆくから 明日君にシネマトリコの木をおしえよう 川のない橋は奇妙な明るさで失うことを教えてくれる P26 解剖のにおいの中に立っているふいに季節がわからなくなる 耳も尾も白くなりたり死ぬときに冷たいというより色が退くこと P29 右からの横顔だけを知る人を魚影のように思い出す夏 P34 二十年同じ一個の脳をもち私はつづく、夢を見ながら P39 ああ君が遠いよ月夜 下敷きを挟んだままのノート硬くて P41 会いしより季節は夏が過ぎしのみ君のコートの色を知らざる P42 「胃の中は体の外ね」昼の月見上げる人と駅まで歩く 輪郭がまた痩せていた 水匂う出町柳に君が立ちいる P43 中庸は極端のひとつと言い切りて鈴掛の実を蹴る君の足 P46 感情がはみ出さぬよう努力する地上の秋を鳥は流れて P47 分析を重ねて冷めてゆく気持ちミュシャの絵ハガキ壁よりはがす どこに行けば君に会えるということがない風の昼橋が眩しい P52 窓際にわれら下敷きを閃かせいつも「前夜」にいると思いき P54 「それじゃあ」と言ってしまえば関係は天秤室に終わるのだろう P56 ユリカモメ群れるかたさの冬が来る 空想癖は人に言わない P59 目が覚めてもう会えないと気づく でも誰のしずかな鎖骨だったか P62 対岸をつまずきながらゆく君の遠い片手に触りたかった 傘の黄が男の顔を染めていしことばかりなる一日のおわり 一室に白衣満ちたりこのごろは余分なことを言わなさすぎる P67 海のそばに育ちし人の追憶に私の知らぬひろがりがある P68 驢馬の耳二本並びて光りおり言い出しがたきことはそのまま P74 表情のわからない眼よばらばらと紙をこぼした私の前で P78 門をたたけ…しかし私ははるかなるためらいののち落葉を乱す 関係は日光や月光を溜めるうちふいに壊れるものかもしれぬ P80 風圧のとどく近さに白衣揺れ そののちの物語というものはない P82 鈍感でごめんね鳥が群れるとき鳥の影しか見ていなかった P84 あこがれは入れ子細工のくらがりを繰り返すごとひとりでに消ゆ 掌の他人の厚みもてあそぶ 鈍く光りてくずれゆく雲 もてあそぶ掌ひとは夕暮れに追いつめられて泣きそうになる P91 蝋燭を間に置いてこちら側という夢も見るはるかな食事 銀色の部分ばかりが動きいし食事の記憶 君だったのか P93 天秤にかがめば粉が飛ぶ気配 誰の都合も聞きたくはない P95 ひかえめは美徳といえず組む脚の浮いているほうのつまさき揺らす P96 ロッカーを閉じたる君の手の角度白衣の張りの中の全身 ガラス棒でつつけばやさしく結晶はくず!あなたは現実すぎる P97 目の上をなめらかに上下する皮膚の動きばかりを見ていたような P99 もう何度エレベーターが一緒でも遠のく影のようにはかない P101 灰色の茄子の形に整いし猫の眠りに片手を垂らす P102 あるべきであった時代が私にはなかった 径を塞ぐコスモス 開架式書架をへだててひらひらと行き来する君 深刻ぶるな P104 顎に手を 読んでいるのかいないのか文献コピーを斜めに据えて 血管を浮かせて遊ぶひるさがり遠くでずっと覚えていてね P106 突き合わす両手の指を口許へ 問題なのは濃度だろうね P108 きっかけの時を測りて見ておれば誰の睫毛もけっこう長い 人の名は呪文のように何年も残りて意味を失いしかな P110 ひつじぐも 君が私に気付くべき秋にも雲はにじみ、くずれる P111 手の先に指を集めてはみたけれどという眼で君が俯いている P124 無防備にやさしく我にひらかれていたるひとりを失わむとす ごく細き中洲にも木は育ちおり枝は揺れおり君も痩せしか 教科書を売りましょう春ほおづえをついているのはしずかな頭部 P125 指になぞりきれいな眉ねと言いたりき別れ際なれば言い得ることも P127 無傷で*いられるわけがない 枝も以前ほど私をとらえはしない P132 日照り雨むかしの何かのように降るあるいは君をうしなう朝に P133 その人に恋人のいる日々猫の耳うらがえしたり爪おさえたり 柿の葉の大きな音にわたしたちひとつの場所に長くいすぎた P137 君の手の触れゆく道のほうきぐさかぜくさもはや理性は飽きた P141 柚子色のひとつの時期はゆく いっそ神様が決めたことならよかった 温室に鉢はさまざま重ねなる自信がないのはいつからだろう P148 ねこじゃらしに光は重い 君といたすべての場面を再現できる P155 柿の木の小枝の間の空気まで白く見えて自転車きしむ P157 枕元の明日着る服によったしわおばけの顔のように見えた日 P174 風の音が碧い流れに変わりゆく風呂とトイレは暗いのがいい P175 誰か地図をくれないだろうか夏の日の 歯ぎしりするほど空は青いが P184 においには敏感な私をかすめてはこれは幽霊のにおいだろうか

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