
レビュー (1件)
体を重ねることもなく3度しか逢瀬していないにも関わらず、お互いの人生に波をもたらした扇情的な恋愛を描いた。洋子がリチャードとの婚約を破棄して蒔野に会いに行った場面は、誰しも経験するようなありきたりなことなのかもしれない。自分で自分の人生を切り拓いた洋子のような自立した大人でも、失恋の悲しみを感じてPTSD(テロ経験によるものとはいえ)に苦しみ、立ち直るまで長い年月を要したことに、人間らしさや親近感を感じた。お互いを想い合っているのに距離は遠く、すれ違い続けている大人の悲恋。感情の描写も多くあったが、かなり写実的であり、大人としての理性が働いたうえでの思考が感情に表れていると思う。もっと貪欲で狡猾な心情を見たかったが、それでこそ大人の恋愛小説なのだろうか。 最終章では、お互いの後悔を昇華し、明るい尊敬と少しの恋慕を抱えて二人が再会するところで終わる。5年前の東京では、洋子があらゆる選択を取捨したおかげでふたりの人生が交錯しなかったと言えるが、今回のパリでは洋子の選択により2人が再会することになる。緻密な構成が美しい。2人がお互いに恋慕を抱えているのは動かぬ事実であるように思うが、現実を忘れて理性を捨て、お互いの愛を受け入れられるかどうかは2人のみが知る世界だ。
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