匿名ユーザー
2026年2月13日
読み終わってしまったー読んでるときは大変だったけれど、なんだか残念 共同体対社会というものを物語対小説に置き換えたり、柄谷行人の交通の概念をその社会にいるもの、つまり、共同体における「外国人(絶対的な外国人)」としているところとかとにかくこの対談の構造みたいなものを掴むことすら最初は難しかった。でも、ストーリーとしてではなく、単独性として行動することでなにかに囚われることなく無責任でいられることを2人が重視しているのは伝わった。また、小説の解釈を読者に委ねる、と言いつつ、解答みたいなものを作者が持っているというのはなんかズルいなとわかったし、小説家を批評家が殺していかなくてはならないというのも理解はできた気がする。そう思うと最初の大江健三郎への批評って彼に対する尊敬の念も同時に表れているものだと実感。 漱石や鷗外や今やってる梶井の『檸檬』だって、おかしいじゃん、って思う人がたくさん出てくるけど、それだからこそその個別性こそ学ぶべきものであるとなんとなく私は理解してしまった。合っているかは不明だが。 また反復と一般?だっけの違いはちょっとわからなかったのと、p444の「ものが在る」のとことかはまじでわからんかった。もう一回挑戦したい。
柄谷行人蓮實重彦全対話
柄谷行人/蓮實重彦
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