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大崎善生さんのノンフィクション。昨年8月に大崎善生さんが亡くなっていたことを今更ながらに知ったので、再読させていただきました。 2001年の8月、ウィーン近郊のドナウ川で邦人男女が心中自殺を遂げたというニュースを筆者の大崎善生は新聞で目にする。とても熱い夏であっ た。新聞の記事ではたった数行にまとめられてしまうこの事件への違和感。大崎は、どうしてもそのニュースが気になって仕方ない。 2人は19歳のワタナベ・カミと、33歳のチバノリヒサ。 つてを頼り、複数のジャーナリストから情報を仕入れる。大崎は、身投げした女が自分の知人である渡辺マリアの娘、渡辺日実(ワタナベカミ)であることを知る。また、その恋人千葉師久に関する悪評も。新聞社や週刊誌の情報だけではどうしても納得できぬ筆者は、渡辺マリアとその夫渡辺正臣を訪ね、正式な取材を行い、書物としてまとめようとする。なぜ、渡辺日実は19歳という若さで身を投げようとしてしまったのか。 筆者はやがてニース、ウィーン、ルーマニアのクルージュ・ナポカに2人の足取りを辿る長い取材を行い、日実が心中しようとした経緯を丹念に辿ろうととする。最後には、ドナウ川の日実の遺体が流れ着いた場所を訪れる。 大崎善生さんの訃報に際して一番最初に思い出したのは、このノンフィクションでした。 この本の中で大崎さんはこの痛ましい事件のレポートにおいて、誰かを悪者にしようとはしていません。また、興味本位な事件としても描かず、亡くなった2人に対する誠実さを感じさせる「物語」として描こうとしています。 大崎さんは最後にこのように綴っています。 ドナウよ、静かに流れよ、と。命を捧げて人を守ろうとした日実の清らかな心が、きっとどこかに流れいくだろうことを祈って、と。 他の小説にも垣間見える、大崎さんの真摯さが伺えます。 この場で大崎さんのご冥福を祈り、また感謝を捧げたいと思います。たくさんの素敵な本をありがとうございました。
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