作品紹介・あらすじ
西暦2083年。人工神経制御言語・ITPの開発者サマンサは、ITPテキストで記述される仮想人格“wanna be”に小説の執筆をさせることによって、使用者が創造性を兼ね備えるという証明を試みていた。そんな矢先、サマンサの余命が半年であることが判明。彼女は残された日々を、ITP商品化の障壁である“感覚の平板化”の解決に捧げようとする。いっぽう“wanna be”は徐々に、彼女のための物語を語りはじめ...
感想・レビュー (2件)
AIとは?人間とは?死とは?ということを考えさせてくれる本だったが、新たな知見は実は少なかった。知見というより可能性?想像力のすごさはわかったが、それが真に迫っていたかは分からなかった。
尊敬もへったくれも無い、生々しくて痛々しい「死」の描写から始まる。 主人公のサマンサの周囲や社会、死に対する抵抗《プロテスト》な生き様が、余計に読んでいて精神にハードパンチしてくる。 『小説を書くためだけに開発された仮想人格』の「wanna be」はサマンサのために、彼女を喜ばせるために、膨大なサンプルを吸収して小説を書く。 では、人類は誰のために、何のために太古から小説を書いて来たのか? 別に小説でなくても良い。漫画でもイラストでも彫刻でもアニメーションでもクリエイトするものなら何でも良い。 需要と供給のあるビジネスだから?それだけでは無いはずだ。 作中の言葉を借りれば「自己愛」なのかも知れない。 サマンサに「恋」したwanna beは、たった一人の読者の彼女のために愛を込めて、小説を書く。 コンピュータのお決まり文句の「何かお役に立てることはありますか?」が《彼》の愛の言葉であった。 サマンサの死に対する抵抗と怒りの狭間で、仮想人格のwanna beの愛の言葉が紡がれる。それが余計に痛々しい。人工物であるが故に。 そして、サマンサとは対照的に《彼》の死は儚くも美しい。 では一体、そもそもこの作品は誰のための物語なのだろうか?
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